
愛犬が頻繁に耳を掻いたり、頭を振ったりしていませんか?耳から異臭がする、耳垢が増えたと感じたら、それは外耳炎のサインかもしれません。外耳炎は犬にとって非常に身近な病気で、動物病院を訪れる理由の上位に常にランクインしています。
この記事では、犬の外耳炎について、原因から症状、治療法、そして自宅でできる予防ケアまで、飼い主さんが知っておくべき情報を詳しく解説します。早期発見と適切な対処が、愛犬の健康と快適な生活を守る鍵となります。
犬の外耳炎とは

外耳炎の基礎知識
外耳炎とは、耳の入口から鼓膜までの「外耳道」に炎症が起こる病気です。犬の耳は、人間と異なり「L字型」に曲がった構造をしており、外耳道は垂直耳道と水平耳道の二つの部分から成り立っています。この複雑な構造が、実は外耳炎を引き起こしやすい要因の一つとなっているのです。
外耳道の内側は薄い皮膚で覆われており、この皮膚に細菌や真菌、アレルギー物質などが刺激を与えると炎症が発生します。炎症が起こると耳垢の分泌が増加し、さらに細菌や真菌が増殖しやすい環境が整ってしまうという悪循環に陥ります。
犬に外耳炎が多い理由
犬は人間に比べて外耳炎になりやすい動物です。その理由はいくつかあります。
まず、前述した耳の構造が挙げられます。L字型に曲がった外耳道は通気性が悪く、湿気がこもりやすい環境です。特に垂れ耳の犬種では、耳介が外耳道の入口を覆ってしまうため、さらに通気性が低下します。
代表的な垂れ耳犬種には、ゴールデンレトリバー、ラブラドールレトリバー、コッカースパニエル、ビーグル、バセットハウンド、キャバリア、プードルなどがいます。これらの犬種は、立ち耳の犬種に比べて外耳炎の発症リスクが高いとされています。
また、犬は毛が密集しており、特に耳の中にも毛が生える犬種が多く存在します。耳毛が多いと、耳垢や汚れが絡まりやすく、細菌や真菌の温床となってしまいます。シーズー、プードル、シュナウザーなどは耳毛が豊富な犬種として知られています。
さらに、犬は人間よりもアレルギー性疾患を発症しやすく、アレルギーが原因で外耳炎を繰り返すケースも少なくありません。
犬の外耳炎の主な原因

外耳炎の原因は一つではなく、複数の要因が絡み合って発症することが多い病気です。主な原因を理解することで、適切な治療と予防につながります。
細菌・真菌(マラセチア)感染
外耳炎の原因として最も多いのが、細菌や真菌による感染症です。
健康な犬の耳にも、少量の細菌や真菌は常在しています。しかし、何らかの理由で耳の環境が悪化すると、これらの微生物が異常増殖を起こし、炎症を引き起こします。
特に犬の外耳炎で問題となるのが「マラセチア」という酵母様真菌です。マラセチアは脂質を好む性質があり、耳垢に含まれる脂肪分を栄養源として増殖します。マラセチアによる外耳炎は、特徴的な甘酸っぱいような独特の臭いを発することが多く、茶褐色のベタベタした耳垢が見られます。
細菌感染では、ブドウ球菌や緑膿菌などが主な原因菌となります。細菌性の外耳炎では、黄色や緑色の膿のような耳垢が見られることがあります。
アレルギー(食物・環境要因)
アレルギーは外耳炎の重要な基礎疾患であり、慢性化や再発を繰り返す外耳炎の背景にアレルギーが隠れているケースは非常に多いです。
食物アレルギーは、特定の食材に対する免疫反応によって引き起こされます。犬のアレルゲンとなりやすい食材には、牛肉、鶏肉、小麦、大豆、乳製品などがあります。食物アレルギーがある犬は、皮膚炎とともに外耳炎を併発することが多く、耳だけでなく体全体に痒みが現れるのが特徴です。
環境アレルギー(アトピー性皮膚炎)は、花粉、ハウスダスト、ダニなどの環境中のアレルゲンに対する反応です。季節性がある場合は花粉症の可能性が高く、一年中症状がある場合はハウスダストやダニが原因であることが多いです。
アレルギーによる外耳炎は、アレルゲンへの暴露が続く限り繰り返し発症するため、根本的な治療にはアレルギーのコントロールが不可欠です。
耳ダニ・異物(草の種など)
耳ダニ(ミミヒゼンダニ)は、特に子犬や若い犬に多く見られる外耳炎の原因です。耳ダニは耳の中で繁殖し、強い痒みを引き起こします。感染した犬は激しく耳を掻き、頭を振ります。耳ダニによる外耳炎では、黒褐色の乾いた耳垢がコーヒーかすのように大量に溜まるのが特徴的です。
耳ダニは感染力が強く、多頭飼育の環境では他の犬や猫にも感染します。母犬から子犬への感染も一般的です。
異物による外耳炎も少なくありません。特に春から夏にかけて、草むらで遊んだ後に植物の種子(ノギ)が耳の中に入り込むことがあります。ノギは先端がトゲ状になっており、一度入ると奥へ奥へと進んでしまう特性があります。異物が入った場合、犬は突然激しく頭を振ったり、片耳だけを気にしたりする行動を見せます。
その他、水や虫、耳掃除の際の綿棒の先端などが異物となるケースもあります。
湿気・通気不良・シャンプーの残り
外耳道の環境要因も外耳炎の大きな原因となります。
高温多湿の環境は、細菌や真菌が増殖しやすい条件を作り出します。梅雨時期や夏場に外耳炎が増加するのはこのためです。また、シャンプー後に耳の中をしっかり乾かさないと、湿った状態が続き微生物の温床となります。
垂れ耳の犬種や、耳毛が多い犬種は、構造的に通気性が悪く、耳の中が蒸れやすい傾向にあります。これが慢性的な外耳炎につながることがあります。
シャンプー剤や耳洗浄液が耳の中に残ってしまうことも、外耳炎の原因となります。これらの液体が外耳道に残留すると、皮膚を刺激したり、細菌や真菌の栄養源となったりして炎症を引き起こします。シャンプーの際は耳に水が入らないよう注意し、万が一入ってしまった場合は優しく拭き取り、しっかりと乾燥させることが重要です。
慢性化するケース(再発のメカニズム)
外耳炎は適切に治療すれば完治する病気ですが、残念ながら慢性化してしまうケースも少なくありません。
外耳炎が慢性化する主な理由は、基礎疾患が適切にコントロールされていないことです。特にアレルギーが原因の場合、アレルゲンへの暴露が続く限り炎症が繰り返されます。また、ホルモン異常(甲状腺機能低下症など)が背景にある場合も、その治療が行われなければ外耳炎は再発し続けます。
治療の中断も慢性化の大きな要因です。症状が改善すると飼い主さんが自己判断で治療を中止してしまい、完全に治りきる前に再発してしまうというパターンが非常に多く見られます。外耳炎の治療は、症状が消えてからも一定期間継続することが重要です。
慢性的な炎症が続くと、外耳道の皮膚が厚く硬くなる「外耳道の肥厚」や「石灰化」が起こることがあります。この状態になると、外耳道が狭くなり通気性がさらに悪化し、薬も届きにくくなるため、治療がより困難になります。最悪の場合、外科手術が必要となることもあります。
犬の外耳炎の症状

外耳炎の症状を早期に発見することが、重症化を防ぐ鍵となります。日常生活の中で、以下のようなサインに注意しましょう。
耳をかゆがる・後ろ足で掻く
外耳炎の最も一般的な症状が「痒み」です。犬は後ろ足で耳の周りを頻繁に掻くようになります。
軽度の場合は時々掻く程度ですが、症状が進むと激しく掻き続け、耳の周りの皮膚や耳介が傷だらけになってしまうこともあります。掻き壊しによって二次的な皮膚炎を起こすこともあり、さらなる痒みの悪循環を生み出します。
また、痒みがひどい場合、犬は耳を家具や壁、床などにこすりつける行動も見せます。散歩中に地面に耳をこすりつけるような仕草をすることもあります。
頭を振る・耳を傾ける
外耳炎になると、犬は頻繁に頭を振るようになります。これは耳の中の違和感や不快感を取り除こうとする本能的な行動です。
頭を激しく振り続けることで、耳介の血管が破れて「耳血腫」という状態になることがあります。耳血腫は耳介に血液が溜まって膨れ上がる状態で、別途治療が必要となります。
また、外耳炎が片耳だけの場合、犬は患側の耳を下にして頭を傾けるような姿勢を取ることがあります。この行動は、耳の中の異物感や痛みを和らげようとしているサインです。
耳から悪臭・耳垢が多い
健康な犬の耳は、ほとんど臭いがしません。耳から異臭がする場合は、何らかの問題が起きている可能性が高いです。
マラセチア感染による外耳炎では、甘酸っぱいような独特の発酵臭がします。細菌感染の場合は、腐敗臭や生臭いような臭いを発することがあります。いずれにしても、明らかに不快な臭いがする場合は、早めの受診が必要です。
耳垢の量や性状も重要なサインです。健康な犬の耳にも少量の耳垢はありますが、外耳炎になると耳垢の量が急激に増えます。
耳垢の色や質感は原因によって異なります。マラセチア感染では茶褐色でベタベタした耳垢、細菌感染では黄色や緑色の膿状の耳垢、耳ダニでは黒褐色で乾燥したコーヒーかすのような耳垢が特徴的です。
耳の赤み・腫れ・痛み
外耳道の炎症が進むと、耳介の内側や外耳道の入口が赤く腫れ上がります。健康な犬の耳は薄いピンク色をしていますが、炎症があると鮮やかな赤色になります。
炎症がひどくなると、外耳道が腫れて狭くなり、耳垢や膿が排出されにくくなります。この状態では、耳の中を覗いても奥まで見えなくなることがあります。
痛みを伴う場合、犬は耳を触られるのを嫌がるようになります。普段は平気だったのに、耳の周りを触ろうとすると怒ったり、頭を引っ込めたりする行動が見られたら、痛みがあるサインです。食欲が落ちたり、元気がなくなったりすることもあります。
放置した場合の進行(中耳炎・内耳炎)
外耳炎を放置すると、炎症が外耳道の奥へと進行していきます。
鼓膜の奥にある中耳に炎症が広がると「中耳炎」となります。中耳炎になると、痛みが強くなり、発熱や食欲不振などの全身症状が現れることがあります。また、顔面神経が中耳を通っているため、中耳炎が悪化すると顔面神経麻痺を起こし、顔の片側が歪んだり、瞬きができなくなったりすることもあります。
さらに炎症が内耳まで達すると「内耳炎」となります。内耳は平衡感覚を司る器官であるため、内耳炎になると平衡感覚が失われ、真っ直ぐ歩けなくなったり、眼振(眼球が細かく震える)が見られたりします。重症例では、聴力を永久に失うこともあります。
このように、外耳炎は決して軽視できない病気です。早期発見、早期治療が愛犬の健康を守るために非常に重要なのです。
外耳炎の診断方法

外耳炎が疑われる場合、動物病院ではどのような検査が行われるのでしょうか。適切な診断が、効果的な治療につながります。
視診・耳鏡検査
まず獣医師は、外から見える耳介の状態を観察します。赤みや腫れ、傷、耳血腫の有無などをチェックします。
次に、耳鏡(オトスコープ)という特殊な器具を使って、外耳道の内部を観察します。耳鏡には光源と拡大レンズがついており、外耳道の奥深くまで確認することができます。
耳鏡検査では、外耳道の赤みや腫れ、狭窄の程度、耳垢の量や性状、異物の有無、そして鼓膜の状態を確認します。鼓膜が正常に見えるか、穿孔(破れ)がないかの確認は、治療方針を決める上で非常に重要です。一部の点耳薬は、鼓膜が破れている場合には使用できないためです。
ただし、炎症がひどく外耳道が腫れて狭くなっている場合や、痛みが強くて犬が嫌がる場合は、最初の段階では詳細な耳鏡検査ができないこともあります。その場合は、まず炎症を抑える治療を行ってから、改めて詳しく検査することになります。
耳垢検査(細菌・マラセチアの確認)
外耳炎の原因を特定するために、耳垢のサンプルを採取して顕微鏡で観察する「耳垢検査」を行います。
綿棒で耳垢を採取し、スライドガラスに塗抹して染色します。これを顕微鏡で観察することで、マラセチアや細菌の有無と数を確認できます。
マラセチアは雪だるまのような形をした酵母として観察されます。健康な犬の耳にも少数は存在しますが、視野内に多数のマラセチアが確認された場合、マラセチア性外耳炎と診断されます。
細菌は小さな丸や棒状の形として観察されます。細菌の種類や薬剤耐性を詳しく調べる必要がある場合は、細菌培養検査を追加で行うこともあります。
この検査は比較的短時間で結果が得られ、治療方針を決定する上で非常に有用です。
耳ダニの有無
耳ダニが疑われる場合、耳垢を顕微鏡で観察して耳ダニ本体や卵を確認します。
耳ダニは肉眼ではほとんど見えませんが、顕微鏡では白色の動いている虫として明確に観察できます。耳ダニが確認されれば、駆虫薬による治療を行います。
特に子犬や若い犬で外耳炎の症状がある場合、また多頭飼育の環境にいる犬では、耳ダニの可能性を考慮して検査を行います。
アレルギー検査(慢性例での追加)
外耳炎を繰り返す慢性例では、背景にアレルギーが隠れている可能性が高いため、アレルギー検査を行うことがあります。
食物アレルギーの診断には「除去食試験」が最も確実な方法です。これは、アレルゲンとなる可能性のある食材を一切含まない特別な療法食を8〜12週間与え、症状が改善するかを確認する検査です。症状が改善したら、以前の食事に戻して症状が再発するかを確認します。
環境アレルギーの診断には、血液検査や皮内反応試験が用いられます。血液検査では、様々なアレルゲン(花粉、ハウスダスト、ダニなど)に対する抗体を測定します。皮内反応試験は、皮膚に微量のアレルゲンを注射して反応を見る検査です。
ただし、アレルギー検査は外耳炎の急性期に行うものではなく、まず外耳炎の治療を行い、症状が落ち着いてから計画的に実施します。
犬の外耳炎の治療法

外耳炎の治療は、原因と重症度に応じて適切な方法が選択されます。治療を成功させるためには、獣医師の指示に従い、根気強く続けることが大切です。
軽症の場合(点耳薬・洗浄)
軽度から中等度の外耳炎では、点耳薬による局所治療が中心となります。
抗真菌薬・抗生物質点耳
原因菌に応じた点耳薬が処方されます。マラセチア感染には抗真菌薬、細菌感染には抗生物質が含まれた点耳薬が使用されます。多くの点耳薬には、抗真菌薬、抗生物質、ステロイド剤が複合的に配合されており、感染と炎症の両方に効果を発揮します。
点耳薬は通常、1日1〜2回、指定された期間継続して使用します。治療期間は症状の程度によりますが、通常2〜4週間程度です。重要なのは、症状が改善したように見えても、獣医師の指示があるまで治療を中断しないことです。
耳の中に耳垢や膿が大量に溜まっている場合、点耳薬の効果が十分に発揮されません。そのため、まず耳の洗浄を行ってから点耳薬を使用します。
動物病院での耳洗浄は、専用の洗浄液を使用し、外耳道の奥まで洗い流します。炎症がひどい場合や、犬が痛みで嫌がる場合は、鎮静剤を使用して洗浄を行うこともあります。
自宅でも獣医師の指導のもと、耳洗浄液を使った洗浄を行うことがあります。ただし、鼓膜が破れている可能性がある場合は、家庭での洗浄は避け、病院での処置が必要です。
ヒト用薬との違いと注意点
人間用の点耳薬や市販の外用薬を犬に使用することは絶対に避けてください。犬と人間では耳の構造が異なり、また薬剤に対する感受性も大きく異なります。
特に注意が必要なのは、鼓膜が破れている場合です。一部の抗生物質(アミノグリコシド系など)は、鼓膜が破れている状態で使用すると内耳に達し、聴覚障害や平衡感覚障害を引き起こす可能性があります。そのため、獣医師は鼓膜の状態を確認してから適切な薬剤を選択します。
また、市販されている犬用の耳洗浄液にも様々なタイプがあり、中には刺激が強いものもあります。炎症がある状態で不適切な洗浄液を使用すると、症状を悪化させる可能性があります。必ず獣医師に相談してから使用しましょう。
正しい点耳の方法
点耳薬の効果を最大限に引き出すには、正しい方法で投薬することが重要です。
まず、点耳を行う前に耳の中の汚れを除去します。耳の入口付近の見える範囲を、ガーゼやコットンで優しく拭き取ります。この際、綿棒は使用しないでください。綿棒は耳垢を奥に押し込んでしまったり、外耳道を傷つけたりする危険があります。
次に、犬を落ち着かせてから点耳を行います。犬の頭を横に傾けるか、座らせた状態で行うとやりやすいでしょう。
耳介を軽く持ち上げて、外耳道の入口を確認します。点耳薬の容器の先端を耳に軽く当て、指示された量を耳の中に垂らします。この時、容器の先端が耳に強く触れないよう注意してください。
点耳後、耳の付け根を優しくマッサージします。耳の外側から「クチュクチュ」と音がするように揉むことで、薬液が外耳道の奥まで行き渡ります。この作業が非常に重要です。
マッサージの後、犬が頭を振って余分な薬液を飛ばしても問題ありません。むしろ、これによって耳垢も一緒に排出されます。
両耳に点耳が必要な場合は、片方ずつ丁寧に行いましょう。
中〜重度の場合(内服薬・注射)
炎症が強い場合や、外耳炎が中耳炎に進行している場合、または点耳薬だけでは改善が見られない場合は、内服薬や注射による全身治療が必要となります。
炎症や痛みを抑える治療
外耳道の腫れや痛みが強い場合、ステロイド剤や非ステロイド性抗炎症薬の内服または注射を使用して、炎症を速やかに抑えます。炎症が軽減することで、犬の苦痛が和らぎ、点耳薬の効果も発揮されやすくなります。
細菌や真菌の感染が広範囲に及んでいる場合、抗生物質や抗真菌薬の内服薬を併用します。特に緑膿菌などの耐性菌が関与している場合は、長期間の内服治療が必要となることがあります。
耳ダニが原因の場合、駆虫薬(イベルメクチンやセラメクチンなど)の投与を行います。近年では、1回の投与で効果が持続する製剤も使用されています。
痛みが強い場合は、鎮痛薬を処方することもあります。痛みのコントロールは、犬の生活の質を保つために重要です。
中耳炎・鼓膜破損時の対応
外耳炎が進行して中耳炎になっている場合、または鼓膜が破れている場合は、より慎重な治療が必要です。
鼓膜が破れている場合、前述のとおり使用できない薬剤があるため、獣医師は安全な薬剤を選択します。また、中耳の洗浄が必要な場合は、全身麻酔下で行われることが一般的です。
重度の中耳炎や、薬剤治療に反応しない慢性外耳炎の場合、外科手術が検討されることもあります。外耳道切除術や耳道全切除術といった手術により、病変部を取り除き、慢性的な炎症から解放することができます。ただし、これは最終手段であり、まずは内科的治療を十分に試みます。
再発を防ぐための治療継続の重要性
外耳炎治療で最も重要なのは、症状が消えても治療を継続することです。
見た目には改善したように見えても、外耳道の奥では炎症が残っていたり、細菌やマラセチアがまだ存在していたりすることがあります。この段階で治療を中断すると、すぐに再発してしまいます。
獣医師が「もう大丈夫です」と言うまで、処方された薬は最後まで使い切りましょう。また、治療終了後も定期的な再診を受け、完治していることを確認することが大切です。
慢性化している外耳炎の場合、基礎疾患(アレルギーやホルモン異常など)の治療も並行して行う必要があります。根本原因に対処しなければ、何度治療しても再発を繰り返してしまいます。
おうちでできる耳のケア方法

外耳炎の予防と再発防止には、日常的な耳のケアが欠かせません。ただし、過度なケアや間違った方法は逆効果になることもあるため、正しい知識を持って行うことが重要です。
正しい耳掃除の頻度
健康な犬の耳は、基本的に頻繁な掃除は必要ありません。耳には自浄作用があり、耳垢は自然に外に排出される仕組みになっています。
外耳炎の治療中や予防のために耳掃除を行う場合でも、週に1〜2回程度で十分です。あまり頻繁に掃除をすると、必要な皮脂まで取り除いてしまい、かえって皮膚のバリア機能が低下して炎症を起こしやすくなります。
耳掃除の頻度は、犬種や個体差によっても異なります。垂れ耳の犬種や耳毛が多い犬種は、週2回程度のケアが推奨されることもあります。一方、立ち耳で耳垢があまり出ない犬種では、週1回、あるいは汚れが目立った時だけで十分なこともあります。
愛犬に最適なケアの頻度については、かかりつけの獣医師に相談して決めましょう。
綿棒NGの理由
耳掃除というと綿棒を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、犬の耳掃除に綿棒を使用することは推奨されません。
その理由はいくつかあります。まず、綿棒を使うと耳垢を奥に押し込んでしまう危険性があります。犬の外耳道はL字型に曲がっているため、綿棒では奥の汚れには届かず、手前の汚れを奥に押し込むだけになってしまうのです。
また、綿棒で強くこすると、薄い外耳道の皮膚を傷つけてしまう可能性があります。傷ついた皮膚からは細菌が侵入しやすくなり、外耳炎のリスクが高まります。
さらに、犬が動いた時に綿棒が深く入り込んでしまい、鼓膜を傷つける危険もあります。
では、どのように耳掃除をすればよいのでしょうか。基本は「見える範囲だけ」を「優しく拭き取る」ことです。
ガーゼやコットンを指に巻き付けるか、犬用の耳掃除シートを使用して、耳介の内側と外耳道の入口付近の見える部分だけを拭き取ります。決して指や布を奥まで押し込まないでください。
耳の奥の汚れが気になる場合は、獣医師に相談し、適切な耳洗浄液を使った洗浄方法を教えてもらいましょう。
犬種別のケア(垂れ耳・立ち耳)
犬種によって耳の形状が異なるため、ケア方法も若干異なります。
垂れ耳犬種のケア
ゴールデンレトリバー、コッカースパニエル、ビーグルなどの垂れ耳犬種は、耳介が外耳道を覆っているため通気性が悪く、湿気がこもりやすい構造になっています。
これらの犬種では、定期的な耳のチェックとケアがより重要です。週に2回程度、耳をめくって中の状態を確認し、必要に応じて拭き取りを行いましょう。
また、散歩から帰った後や雨の日には、耳をめくって乾燥させる習慣をつけることも有効です。耳が濡れたり汚れたりした場合は、清潔なタオルで優しく拭き取ります。
食事の際に耳が器に入ってしまう犬種では、スヌードやヘアバンドで耳を固定することで、食事による汚れを防ぐことができます。
立ち耳犬種のケア
柴犬、コーギー、ジャーマン・シェパードなどの立ち耳犬種は、通気性が良いため比較的外耳炎になりにくい構造です。
ただし、立ち耳だからといって全くケアが不要というわけではありません。週に1回程度は耳の中をチェックし、汚れが目立つようであれば拭き取りを行いましょう。
立ち耳犬種でも、耳毛が多い場合や、アレルギー体質の犬では外耳炎のリスクがあるため、定期的な観察は欠かせません。
シャンプー後・雨の日の乾燥ケア
湿気は外耳炎の大敵です。シャンプー後や雨の日の散歩後には、特に注意してケアを行いましょう。
シャンプー時の注意点
シャンプーをする際は、できるだけ耳の中に水が入らないよう注意します。シャンプー前に耳の穴に脱脂綿を軽く詰めておくと、水の侵入を防ぐことができます。ただし、詰め込みすぎると取り出せなくなる危険があるので、表面に軽く置く程度にしましょう。
もし耳の中に水が入ってしまった場合でも、慌てる必要はありません。清潔なガーゼやコットンで見える範囲の水分を優しく拭き取り、その後しっかりと乾燥させます。
乾燥方法
シャンプー後や雨の日の散歩後は、耳の中までしっかりと乾燥させることが重要です。
まず、タオルで耳介の内側と外耳道の入口付近の水分を優しく拭き取ります。その後、ドライヤーを使って乾かすこともできますが、ドライヤーの風は犬にとって不快な場合が多いため、嫌がる場合は無理をしないでください。
ドライヤーを使用する場合は、低温の風に設定し、耳から30cm以上離して使用します。熱風を近距離から当てると、皮膚を火傷させてしまう危険があります。
垂れ耳の犬種では、ドライヤーで乾かした後も、しばらく耳をめくって通気を良くしておくことをお勧めします。
外耳炎を予防するためのポイント

外耳炎は予防可能な病気です。日常生活の中で以下のポイントを意識することで、外耳炎のリスクを大幅に減らすことができます。
定期的な耳チェック
予防の基本は、早期発見です。週に1回は愛犬の耳の中を確認する習慣をつけましょう。
チェックするポイントは以下の通りです。
・臭い:耳に鼻を近づけて臭いを確認します。不快な臭いがしないか確認しましょう。
・耳垢の量:いつもより耳垢が増えていないか確認します。
・耳垢の色と質感:茶色や黄色、黒色の耳垢が大量にある場合は要注意です。
・赤みや腫れ:耳介の内側や外耳道の入口が赤くなっていないか確認します。
・犬の行動:耳を掻く回数が増えていないか、頭を振る頻度が高くなっていないか観察します。
異常を発見したら、早めに動物病院を受診しましょう。初期段階であれば、治療も簡単で済みます。
アレルギー管理(食事・環境)
アレルギーが背景にある外耳炎の場合、アレルギーのコントロールが再発予防の鍵となります。
食物アレルギーの管理
食物アレルギーが確認されている場合は、アレルゲンとなる食材を完全に除去した食事を続けることが重要です。獣医師が推奨する療法食や、限定された原材料のみを使用したフードを選びましょう。
おやつや人間の食べ物を与える際も注意が必要です。せっかくアレルゲンフリーのフードを与えていても、おやつにアレルゲンが含まれていては意味がありません。
家族全員が食事管理の重要性を理解し、協力することが成功の秘訣です。
環境アレルギーの管理
環境アレルギー(アトピー性皮膚炎)の場合、完全にアレルゲンを避けることは困難ですが、暴露を減らす工夫はできます。
ハウスダストやダニが原因の場合は、こまめな掃除と寝具の洗濯が効果的です。空気清浄機の使用も有用です。犬のベッドやブランケットは定期的に洗濯し、ダニの繁殖を防ぎましょう。
花粉が原因の場合は、花粉の飛散が多い日の外出を控えたり、散歩後に体を拭いたりすることで、花粉の付着を減らすことができます。
また、獣医師と相談の上、抗ヒスタミン薬や免疫療法などの治療を継続することで、アレルギー症状全体をコントロールできます。
耳毛処理・耳洗浄液の使い方
耳の中に毛が多く生える犬種では、定期的な耳毛処理が外耳炎予防に役立ちます。
耳毛処理
プードル、シーズー、シュナウザーなどの犬種は、耳の中に毛が密に生えます。この耳毛が多すぎると通気性が悪化し、耳垢や湿気が溜まりやすくなります。
耳毛は、専用の耳毛鉗子を使って少しずつ抜くか、トリミングサロンでカットしてもらいます。ただし、耳毛を抜くことで一時的に皮膚が刺激され、炎症を起こす可能性もあるため、やりすぎは禁物です。
また、すでに外耳炎になっている場合は、耳毛処理は控え、炎症が治まってから行いましょう。
耳毛処理の必要性や頻度については、犬種や個体差があるため、獣医師やトリマーに相談することをお勧めします。
耳洗浄液の使い方
獣医師から耳洗浄液を処方された場合、または予防的に使用する場合は、正しい方法で使用しましょう。
耳洗浄液をボトルから直接耳の中に注ぎ入れます。十分な量(外耳道が満たされる程度)を入れることがポイントです。
その後、耳の付け根を外側から優しくマッサージします。「クチュクチュ」と液体が動く音がするまでマッサージしてください。
マッサージが終わったら犬を離し、自由に頭を振らせます。これにより、耳の中の汚れや余分な洗浄液が外に出てきます。飛び散った液体や汚れをタオルで拭き取って完了です。
耳洗浄液には様々なタイプがあります。予防用の優しいタイプから、治療用の強力なタイプまであるので、必ず獣医師の指示に従って適切なものを使用してください。
通気性を意識した生活環境づくり
日常生活の中で、耳の通気性を良く保つ工夫をすることも予防につながります。
垂れ耳の犬種では、室内で過ごす際に時々耳をめくって通気させる習慣をつけると良いでしょう。特に湿度が高い季節や、暖房で室内が暖かい冬場は、耳の中が蒸れやすいので注意が必要です。
エアコンや除湿機を使って、室内の湿度を適度に保つことも有効です。梅雨時期や夏場は特に湿度管理に気を配りましょう。
また、犬が長時間同じ姿勢で寝ている場合、下になっている耳は通気性が悪くなります。適度に寝返りを促したり、ベッドの位置を変えたりすることも考慮できます。
よくある質問(FAQ)

外耳炎に関して、飼い主さんからよく寄せられる質問にお答えします。
Q1:市販の点耳薬を使っても大丈夫?
A:お勧めできません。
市販の犬用点耳薬は、予防やごく軽度のケアを目的としたものが多く、外耳炎の治療に必要な成分が十分に含まれていないことがあります。また、外耳炎の原因(細菌、マラセチア、耳ダニなど)に応じて適切な薬剤を選択する必要があるため、診断なしに薬を使用することは効果的ではありません。
さらに、鼓膜が破れている場合に使用してはいけない成分もあります。素人判断で市販薬を使用すると、症状を悪化させたり、慢性化させたりするリスクがあります。
耳に異常を感じたら、まず動物病院を受診し、適切な診断と処方を受けることが重要です。
Q2:外耳炎はうつる?
A:原因によります。
耳ダニが原因の外耳炎は、他の犬や猫にうつります。耳ダニは接触感染するため、感染した動物と密接に接触すると感染リスクがあります。多頭飼育の場合、1匹が耳ダニに感染していたら、他の動物も検査を受けることをお勧めします。
一方、細菌やマラセチアによる外耳炎は、通常は他の犬にうつりません。これらの微生物は、健康な犬の耳にも常在しているもので、感染症というよりも、何らかの原因で異常増殖した結果として外耳炎が発症します。
ただし、まれに耐性菌などが関与している場合は注意が必要なケースもあるため、多頭飼育で複数の犬が同時期に外耳炎になった場合は、獣医師に相談してください。
Q3:トリミングで外耳炎になることはある?
A:可能性はあります。
トリミング後に外耳炎を発症するケースは実際に見られます。主な原因は以下の通りです。
まず、シャンプー時に耳の中に水が入り、十分に乾燥されなかった場合、湿った環境が細菌やマラセチアの増殖を促進します。
また、耳掃除や耳毛抜きの際に、外耳道を傷つけてしまったり、刺激を与えすぎたりすることで炎症が起こることがあります。
さらに、トリミングサロンで使用される洗浄液やシャンプー剤が、その犬に合わなかったり、刺激が強すぎたりする場合もあります。
トリミング後に耳を気にする様子が見られたら、早めに動物病院を受診しましょう。また、信頼できるトリミングサロンを選び、愛犬の耳の状態や過去のトラブルについて事前に伝えておくことも大切です。
外耳炎を繰り返している犬の場合は、トリミング前に獣医師に相談し、トリマーと獣医師が連携してケアプランを立てることも有効です。
Q4:再発を防ぐにはどうすれば?
A:再発予防には複数のアプローチが必要です。
治療の完遂:まず最も重要なのは、最初の治療を完全に終わらせることです。症状が改善しても自己判断で治療を中止せず、獣医師の指示通りに最後まで薬を使用しましょう。
基礎疾患の管理:アレルギーやホルモン異常などの基礎疾患がある場合、その治療を継続することが再発予防の鍵です。食事管理や投薬を継続し、定期的に獣医師のチェックを受けましょう。
定期的な耳のケア:治療が終了した後も、週に1〜2回程度の耳のチェックとケアを続けます。早期に異常を発見できれば、軽い治療で済みます。
環境管理:湿度管理、シャンプー後の乾燥、通気性の確保など、日常生活での予防策を継続します。
定期検診:外耳炎の病歴がある犬は、症状がなくても3〜6か月に1回程度、動物病院で耳のチェックを受けることをお勧めします。
再発を繰り返す場合は、原因の再評価が必要です。アレルギー検査や、より詳しい診断を行うことで、見逃されていた原因が見つかることもあります。
まとめ|外耳炎は早期発見と継続ケアが大切

犬の外耳炎は、決して珍しい病気ではありません。しかし、適切に対処すれば治癒可能な病気でもあります。この記事の重要なポイントをまとめます。
放置すると中耳炎・内耳炎に進行する危険
外耳炎は初期段階では耳の入口付近の炎症ですが、放置すると炎症が奥へと進行し、中耳炎や内耳炎といったより深刻な状態になります。中耳炎・内耳炎になると、痛みが強くなるだけでなく、顔面神経麻痺や平衡感覚の喪失、最悪の場合は聴力の永久的な損失につながる可能性があります。
また、慢性化した外耳炎では、外耳道の構造自体が変化してしまい、治療がより困難になります。外科手術が必要になるケースもあります。
早期に治療を開始すれば、点耳薬だけで1〜2週間で改善することも多いのです。症状を軽く見ず、早めの対応を心がけましょう。
「耳をかく・臭う」は早期受診のサイン
愛犬が以下のような行動や症状を見せたら、それは外耳炎のサインかもしれません。
・頻繁に耳を掻く
・耳を後ろ足で掻く
・頭を頻繁に振る
・耳を床や壁にこすりつける
・頭を傾ける
・耳から異臭がする
・耳垢が急に増えた
・耳の中が赤くなっている
・耳を触られるのを嫌がる
これらのサインに気づいたら、様子を見ずに動物病院を受診しましょう。「そのうち治るだろう」と放置することが、慢性化への第一歩となります。
定期的なケアと病院チェックのすすめ
外耳炎を経験した犬、特に再発を繰り返している犬は、予防的なケアと定期的な獣医師のチェックが欠かせません。
日常的には、週に1回程度の耳のチェックと、必要に応じた清潔な拭き取りを行いましょう。シャンプー後や雨の日には、耳の乾燥を忘れずに行います。
また、症状がなくても3〜6か月に1回は動物病院で耳のチェックを受けることをお勧めします。獣医師は耳鏡を使って、飼い主さんでは見えない外耳道の奥までチェックできます。早期発見により、軽い処置で済むことも多いのです。
外耳炎は、飼い主さんと獣医師が協力して管理することで、コントロール可能な病気です。愛犬が快適に過ごせるよう、日々のケアと早めの受診を心がけましょう。
耳の健康は、犬の生活の質に大きく影響します。痒みや痛みから解放され、快適に過ごせることは、愛犬にとっても飼い主さんにとっても大きな喜びです。この記事が、愛犬の耳の健康を守る一助となれば幸いです。
何か気になる症状があれば、当院までお問い合わせください。










