
愛犬のウンチに血が混じっているのを見つけたとき、飼い主さんは誰でも不安になります。「すぐに病院に行くべき?」「様子を見ても大丈夫?」と迷われる方も多いでしょう。実は血便の緊急度は、血の色と便の状態、そして愛犬の全身状態を総合的に見ることで、ある程度判断できるのです。
血便には大きく分けて二つのタイプがあります。一つは鮮やかな赤い血が便の表面に付着しているタイプ。これは主に大腸や直腸など、肛門に近い下部消化管からの出血を示唆します。もう一つは真っ黒でタール状の便。これは胃や十二指腸など上部消化管で出血した血液が、消化の過程で変色したものです。
この記事の結論を先にお伝えすると、黒色のタール状便が出ている場合、愛犬がぐったりしている場合、嘔吐を繰り返している場合、そして子犬の血便は、いずれも当日中の受診が必要です。一方で、元気で食欲もあり、1回だけ少量の鮮血が付いた程度なら、半日から1日様子を見ることも可能です。ただし悪化や反復があれば、すぐに動物病院へ向かってください。
血便は「ただの下痢」では済まない重大なサインの場合もあります。正しい知識を持って、愛犬の命を守る判断をしていきましょう。
まずはここを確認:受診の緊急度チェックリスト

血便を発見したら、まず次のポイントをチェックしてください。これらの項目に当てはまるかどうかで、受診のタイミングが決まります。
今すぐ受診(当日中に動物病院へ)
以下のいずれかに該当する場合は、今すぐ動物病院に連絡し、当日中の受診を目指してください。夜間や休日であれば、救急動物病院への受診を検討すべきです。
真っ黒なタール便
真っ黒でタール状の便が出ている場合は要注意です。これは「メレナ」と呼ばれる状態で、胃や十二指腸などの上部消化管で出血が起きている可能性があります。血液が胃酸や消化酵素によって変色し、黒くなるのです。上部消化管の出血は出血量が多くなりやすく、貧血や循環不全を引き起こすリスクが高いため、緊急性が高いと判断されます。
食欲不振
愛犬がぐったりして元気がない、まったく食べようとしない、体が熱い、あるいは何度も血の混じった下痢を繰り返しているといった症状がある場合も、すぐに受診が必要です。これらは脱水や電解質異常、全身状態の悪化を示すサインです。
嘔吐を繰り返す
嘔吐を繰り返している場合も危険です。特に吐いたものがコーヒーの出がらしのような黒褐色をしている場合は、胃からの出血が疑われます。嘔吐と血便が同時に起きているということは、消化管全体に深刻なトラブルが生じている可能性があります。
高齢犬や疾患のある場合
子犬、高齢犬、そして持病を持っている犬の血便も、すぐに受診すべきケースです。子犬は免疫力が未熟で、パルボウイルス腸炎のような致死的な感染症にかかるリスクがあります。高齢犬は体力が低下しており、脱水や電解質異常に対する予備力が少ないため、急速に悪化することがあります。また消化器疾患の既往がある犬、血液凝固に問題がある犬、痛み止め(NSAIDs)やステロイドを内服している犬は、薬剤性の潰瘍や出血のリスクが高いため、早めの受診が推奨されます。
24時間以内に受診
今すぐというほどではないものの、できるだけ早く、遅くとも24時間以内には動物病院を受診したほうが良いケースもあります。
便に鮮血が付着する状態が何度も繰り返される場合、あるいは血の量が徐々に増えてきている場合は、放置すると悪化する可能性があります。排便のたびに痛がる様子が見られる場合も、炎症や裂傷、肛門周囲の疾患が進行している可能性があります。
食欲が落ちてきた、いつもより元気がない状態が丸一日続いている場合も、体調が本格的に崩れる前兆かもしれません。このタイミングで受診すれば、重症化を防げることが多いのです。
経過観察OK(半日から1日様子を見る)
次の条件をすべて満たす場合に限り、自宅で半日から1日ほど様子を見ることも選択肢に入ります。
便に少量の鮮血が付着したのが1回だけで、その後は正常な便に戻っている。愛犬は元気で食欲もあり、いつも通りに過ごしている。そして血便の原因に心当たりがある場合です。たとえば便が硬くて排便時に力んだ、急にフードを変えた、拾い食いをした直後だった、といったケースです。
ただしこの場合でも、症状が悪化したり、再び血便が出たりしたら、すぐに受診してください。経過観察はあくまで「軽度で一過性」と判断できる場合の選択肢です。迷ったら受診が正解です。
自宅でやってはいけないこと
血便が出たとき、飼い主さんの善意から行う処置が、かえって状態を悪化させることがあります。以下のことは絶対に避けてください。
人間用の痛み止めや整腸剤を犬に与えてはいけません。人間用のNSAIDsは犬にとって非常に危険で、胃潰瘍や腎障害を引き起こす可能性があります。市販の整腸剤も、犬用に調整されていないため、量や成分が不適切なことがあります。
活性炭を自己判断で飲ませることも危険です。活性炭は中毒物質の吸着に使われることがありますが、使用のタイミングや適応を誤ると効果がないどころか、嘔吐を誘発したり、誤嚥性肺炎を起こしたりする危険があります。
無理に長期間絶食させることも避けてください。昔は「胃腸を休めるために絶食」という考え方が主流でしたが、現在では絶食は最小限にし、早期に少量ずつ食事を再開するほうが腸粘膜の回復に良いとされています。特に24時間以上の絶食は、犬の体に負担をかけます。
そして当然ですが、辛味のある食べ物や乳製品を与えることも厳禁です。消化管が炎症を起こしているときに刺激物を与えれば、症状は悪化します。
血の「色と形」でわかる鑑別のヒント

血便の色と形状を観察することで、出血している場所や原因をある程度推測することができます。獣医師も診察時に必ず便の性状を詳しく聞きますので、発見したときに写真を撮っておくと診断の助けになります。
鮮紅色(表面に付着または滴下)=下部消化管由来が多い
便の表面に鮮やかな赤い血が付着していたり、排便の最後にポタポタと血が滴り落ちたりする場合は、肛門に近い部分からの出血が疑われます。これは大腸や直腸、肛門周囲からの出血であることが多く、血液が新鮮なまま便に付着するため、鮮紅色を保っているのです。
考えられる原因としては、直腸の粘膜が傷ついた状態、肛門嚢という臭腺が炎症を起こしている肛門嚢炎、結腸の炎症、直腸やS状結腸にできたポリープ、ストレスによる大腸炎などがあります。比較的軽症で済むこともありますが、反復する場合や量が多い場合は、精査が必要になります。
暗赤色・ゼリー状(粘液混入)
便全体が暗赤色で、ゼリー状の粘液が混じっている場合は、大腸の炎症が強い状態を示唆します。大腸の粘膜から出た粘液と血液が混ざり合い、独特のゼリー状の見た目になるのです。
細菌性の大腸炎、寄生虫や原虫による大腸炎、食べ物が合わずに起きた食餌性の大腸炎などが考えられます。そして特に注意が必要なのが、出血性胃腸炎(AHDS:Acute Hemorrhagic Diarrhea Syndrome)です。これは突然激しい嘔吐と血性下痢が起こる病気で、脱水が急速に進むため、当日中の治療開始が必要になります。
黒色タール便(メレナ)
便が真っ黒でタールやコールタールのような粘り気のある状態になっている場合は、上部消化管からの出血を疑います。胃や十二指腸で出血した血液は、胃酸によってヘモグロビンが変性し、黒色のヘマチンに変化します。その結果、便は黒く変色し、独特の臭いを伴うようになります。
胃潰瘍や十二指腸潰瘍、胃や腸の腫瘍、ステロイドや痛み止めの長期使用による薬剤性潰瘍、血液凝固に異常がある場合の出血傾向などが原因として挙げられます。メレナは出血量が多い場合があり、貧血を引き起こしやすいため、緊急性が高いと判断されます。
「色×付着部位×回数」の早見表
血便のリスクを判断するために、色調、付着の仕方、回数、全身状態を組み合わせて考えることが重要です。
鮮血が便の表面にのみ付着していて、単発で、愛犬が元気な場合は、リスクは比較的低いと言えます。しかし同じ鮮血でも、便全体に混ざっていて何度も繰り返し、元気がなくなっている場合は、リスクが中程度から高いと判断されます。
暗赤色のゼリー状便が出て、何度も繰り返し、元気や食欲が低下している場合は、リスクが高いと考えるべきです。特に嘔吐を伴う場合は、出血性胃腸炎の可能性があり、緊急受診が必要です。
黒色のタール便は、たとえ1回だけでも、それだけでリスクが高いと判断されます。全身状態が良好でも、上部消化管出血の可能性があるため、当日受診が推奨されます。全身状態が悪い場合は、さらに緊急度が高まります。
主な原因と見分け方(年齢・既往・季節・生活史から)

血便の原因は多岐にわたります。愛犬の年齢、過去の病歴、季節、生活環境、最近の出来事などを総合的に考えることで、原因を絞り込むことができます。
食餌性(急なフード変更・拾い食い・骨や異物)
最も多い血便の原因の一つが、食べ物に関連したトラブルです。急にフードを切り替えたり、人間の食べ物を与えたり、散歩中に拾い食いをしたりすると、消化管に負担がかかり、炎症や出血を起こすことがあります。
症状としては、鮮血が混じった下痢、腹痛、嘔吐を伴うこともあります。特に脂肪分の多い食べ物や、香辛料の効いた食べ物、骨や硬いガムなどは、消化管の粘膜を傷つけやすく注意が必要です。
ポイントは、「急な切り替え」「高脂肪食」「人間の食べ物」といった心当たりがあるかどうかです。原因が明らかで、症状が軽度であれば、自宅での経過観察も選択肢に入りますが、悪化や反復があればすぐに受診してください。
感染性大腸炎(細菌・原虫・寄生虫)
細菌や原虫、寄生虫による感染も、血便の主要な原因です。カンピロバクター、クロストリジウム・パーフリンジェンス、クロストリジウム・ディフィシルといった細菌、ジアルジアやトリコモナスといった原虫、鉤虫や鞭虫といった寄生虫が代表的です。
これらの感染は、子犬や免疫力が低下している犬、多頭飼育環境、ペットショップやブリーダーから迎えたばかりの犬に多く見られます。下痢や血便だけでなく、食欲不振、体重減少、嘔吐などを伴うこともあります。
診断には検便が必要です。直接法、浮遊法、迅速抗原検査、PCR検査などが用いられます。同居犬がいる場合は、感染が広がらないよう、便の処理や環境衛生に注意が必要です。治療後も再検便を行い、完全に駆虫できたか確認することが大切です。
出血性胃腸炎(AHDS)
出血性胃腸炎は、突然の激しい嘔吐と血性下痢が特徴的な疾患です。ラズベリージャムのような見た目の血便が大量に出ることもあります。原因は完全には解明されていませんが、クロストリジウム・パーフリンジェンスの毒素やストレス、食餌因子などが関与していると考えられています。
脱水が急速に進むため、点滴による輸液治療が必要になります。治療が遅れると、ショック状態に陥ることもあるため、当日中の受診と入院管理が重要です。早期に適切な治療を開始すれば、多くの場合は数日で回復します。
潰瘍・びらん(NSAIDs/ステロイド関連、ストレス、腫瘍)
胃や腸の粘膜にできた潰瘍やびらんからの出血も、血便の原因になります。痛み止め(NSAIDs)やステロイドの長期使用は、消化管粘膜を保護するプロスタグランジンの産生を抑制し、潰瘍のリスクを高めます。
ストレスも潰瘍の原因になります。環境の変化、手術、病気などで強いストレスがかかると、胃酸の分泌が増えたり、粘膜の防御機能が低下したりして、潰瘍ができやすくなります。
また高齢犬では、胃や腸の腫瘍による出血も考慮する必要があります。腫瘍は粘膜をびらんさせたり、血管を破壊したりして、出血を引き起こします。
症状としては、黒色便、貧血、腹痛、嘔吐などが見られます。診断には内視鏡検査が有用ですが、まずは血液検査や画像検査で全身状態や腫瘍の有無を評価します。
肛門嚢炎・肛門周囲疾患/直腸ポリープ
肛門の周囲には肛門嚢という臭いを出す袋があり、これが炎症を起こすと肛門嚢炎になります。排便時に痛みを伴い、便の表面に鮮血が付着することがあります。愛犬がお尻を気にして舐めたり、地面にこすりつけたりする行動が見られることもあります。
直腸にポリープができている場合も、排便時の刺激でポリープが出血し、便に鮮血が付着します。ポリープが大きい場合は、排便困難や便が細くなるといった症状が見られることもあります。
これらの疾患は、直腸検査や肛門嚢の触診で診断されます。治療は肛門嚢の洗浄や圧迫排出、抗炎症薬や抗菌薬の投与、ポリープの場合は外科的切除が検討されます。
子犬で多い重症疾患
子犬の血便で最も警戒すべきなのが、パルボウイルス腸炎です。これは非常に致死率の高い感染症で、激しい嘔吐と血性下痢、急速な脱水、白血球減少を引き起こします。特にワクチン接種が完了していない子犬、ペットショップやブリーダーから迎えたばかりの子犬で発症しやすく、緊急入院治療が必要です。
また子犬は寄生虫に感染していることが多く、特に鉤虫は腸壁に噛みついて吸血するため、貧血を引き起こすことがあります。下痢や血便とともに、元気がなくなったり、粘膜が白っぽくなったりしていたら、すぐに受診してください。
子犬の血便は、成犬以上に慎重に対応する必要があります。体が小さく予備力が少ないため、状態が急変しやすいからです。
全身性疾患・中毒・凝固異常
血便は消化管の問題だけでなく、全身性の疾患や中毒、血液凝固異常によっても起こります。
殺鼠剤などの抗凝固剤を誤食すると、血液が固まらなくなり、消化管を含む全身で出血が起こります。血小板減少症や播種性血管内凝固症候群(DIC)といった血液疾患でも、出血傾向が見られます。
肝臓や腎臓の重度の疾患も、凝固因子の産生低下や血小板機能異常を引き起こし、出血しやすくなります。
これらの場合、血便だけでなく、鼻血、歯茎からの出血、皮下出血、血尿などの症状が見られることもあります。診断には血液凝固検査が必要で、治療は原因に応じて、ビタミンK投与、輸血、基礎疾患の治療などが行われます。
動物病院での診断プロセス

動物病院を受診すると、獣医師は問診、身体検査、必要に応じた検査を通じて、血便の原因を特定しようとします。どのような流れで診断が進むのか、事前に知っておくと、受診時にスムーズに情報を伝えられます。
問診の要点(テンプレ質問)
獣医師はまず詳しく問診を行います。いつから血便が始まったのか、何回出たのか、便の色や形、臭いはどうか、嘔吐や発熱はあるか、といった症状の詳細を聞かれます。
食事の内容や、最近フードを変えたかどうか、拾い食いや誤食の可能性はあるか、といった食歴も重要です。ワクチン接種や寄生虫予防の状況、現在飲んでいる薬やサプリメント、特に痛み止めやステロイドを使っているかどうかも必ず確認されます。
過去に消化器疾患や血液疾患にかかったことがあるか、最近環境に変化があったか、多頭飼育かどうか、といった情報も診断の手がかりになります。
受診前にこれらの情報を整理しておき、便の写真があれば見せられるようにしておくと、診察がスムーズに進みます。
身体検査(脱水度・腹痛・直腸検査)
問診の後は、全身の身体検査が行われます。体温、心拍数、呼吸数といったバイタルサインを測定し、全身状態を評価します。
脱水の程度を確認するために、皮膚の弾力性や粘膜の湿り具合をチェックします。腹部を触診して、痛みがないか、腸が張っていないか、異物や腫瘤がないかを確認します。
必要に応じて、直腸検査も行われます。肛門嚢の状態を触診したり、直腸内にポリープや腫瘤がないかを確認したりします。直腸検査は多少不快感を伴いますが、重要な情報が得られる検査です。
検査
症状の程度や疑われる疾患に応じて、さまざまな検査が行われます。
検便は血便の診断に欠かせない検査です。直接法では寄生虫の卵や原虫を顕微鏡で観察し、浮遊法では虫卵を浮かび上がらせて検出します。ジアルジアやパルボウイルスなどの迅速抗原検査、原虫のPCR検査も利用されます。
血液検査では、貧血の有無、炎症の程度、脱水や電解質異常、肝臓や腎臓の機能、血液凝固能などを評価します。白血球数が極端に減少していればパルボウイルス感染が疑われ、凝固時間の延長があれば出血傾向や抗凝固剤中毒が疑われます。
画像検査として、腹部X線検査や超音波検査が行われることもあります。異物や腸閉塞の有無、腸壁の肥厚、腫瘤、リンパ節の腫大などを評価します。
慢性の血便や再発を繰り返す場合、腫瘍が疑われる場合は、内視鏡検査や生検が必要になることもあります。これらは全身麻酔下で行われ、消化管の粘膜を直接観察し、組織を採取して病理検査に出します。
検査選択の目安
すべてのケースで全ての検査を行うわけではありません。軽症で明らかな原因がある場合は、検便だけで経過観察することもあります。
中等度の症状で脱水や炎症が疑われる場合は、検便に加えて血液検査(血球計算と生化学検査、CRP)を行い、全身状態を評価します。
重症例や原因不明の場合は、血液検査を拡張して凝固検査を追加したり、画像検査を行ったりします。治療反応が悪い場合や再発を繰り返す場合は、内視鏡検査や生検が検討されます。
獣医師は症状の重症度と疑われる疾患に応じて、必要最小限の検査から始め、必要に応じて拡張していく方針をとることが多いです。費用面での負担も考慮しながら、最も効率的な検査プランを提案してくれるはずです。
治療の考え方

血便の治療は、原因によって大きく異なります。軽度の食餌性大腸炎であれば自宅での食事管理と経過観察で済むこともあれば、出血性胃腸炎のように緊急入院が必要なケースもあります。
軽度の食餌性大腸炎
急なフード変更や軽度の拾い食いによる一過性の大腸炎であれば、消化器サポート食への切り替えと整腸剤の投与で改善することが多いです。
消化器サポート食は、消化しやすく腸への負担が少ない処方になっており、炎症を起こした腸粘膜の回復を助けます。プロバイオティクス(善玉菌)やプレバイオティクス(善玉菌のエサ)を含むサプリメントも、腸内環境の改善に役立ちます。
以前は「胃腸を休めるために絶食」という考え方が主流でしたが、現在では絶食は最小限にとどめ、早期に少量ずつ食事を再開するほうが、腸粘膜の回復に良いとされています。絶食するとしても半日から長くても1日程度にとどめ、その後は少量頻回で食事を与えていきます。
水分補給は非常に重要です。常に新鮮な水を用意し、自由に飲めるようにしてください。下痢で水分が失われているため、十分な水分摂取が回復の鍵になります。
感染性(細菌/原虫/寄生虫)
細菌感染の場合は、適切な抗菌薬が処方されます。ただし抗菌薬は腸内細菌叢に影響を与えるため、必要最小限の使用にとどめ、プロバイオティクスを併用するかどうかは獣医師の判断によります。
原虫感染の場合は、メトロニダゾールやフェンベンダゾールといった抗原虫薬が使用されます。寄生虫感染の場合は、駆虫薬を投与します。虫種によって効果的な薬剤が異なるため、検便で虫種を特定することが重要です。
治療後は再検便を行い、完全に駆虫できたか確認します。1回の治療で完全に駆虫できないこともあるため、2週間から1ヶ月後に再度検便を行うことが推奨されます。
多頭飼育の場合は、同居犬も一緒に治療することが多いです。環境衛生も重要で、便はすぐに片付け、トイレエリアを消毒し、再感染を防ぎます。
AHDS(出血性胃腸炎)
出血性胃腸炎は、速やかな輸液治療が治療の中心になります。脱水と電解質異常を補正するため、静脈点滴を行います。循環血液量の低下が著しい場合は、積極的な輸液が必要で、入院管理が基本となります。
電解質の補正も重要です。特にカリウムやナトリウムといった電解質が失われると、不整脈や筋力低下を引き起こすため、血液検査で電解質濃度をモニタリングしながら補正します。
疼痛管理も治療の一環です。激しい腹痛を伴うことが多いため、適切な鎮痛薬を使用します。制吐薬も嘔吐のコントロールに使用されます。
抗菌薬の使用については議論がありますが、クロストリジウム・パーフリンジェンスの関与が疑われる場合や、腸管バリアの破綻による菌血症のリスクがある場合には投与されることがあります。
多くの場合、適切な治療を開始すれば2日から4日程度で回復し始めます。ただし治療が遅れると、ショック状態に陥り命に関わることもあるため、早期発見と早期治療が予後を大きく左右します。
潰瘍性(薬剤関連/腫瘍)
薬剤性の潰瘍が疑われる場合は、まず原因となっている薬剤の中止または減量を検討します。痛み止めやステロイドが必要な疾患の治療中であれば、他の薬剤への変更や、胃粘膜保護薬の併用を考慮します。
胃酸分泌抑制薬であるプロトンポンプ阻害薬やH2受容体拮抗薬を使用して、胃酸による粘膜へのダメージを軽減します。スクラルファートなどの粘膜保護薬も、潰瘍部位を保護して治癒を促進します。
食事も低脂肪で消化の良いものに変更します。少量頻回で与えることで、胃への負担を減らします。
腫瘍による出血が疑われる場合は、内視鏡検査や画像検査で病変の範囲を評価し、可能であれば生検を行って組織型を確定します。治療は腫瘍の種類と進行度によって、外科的切除、化学療法、緩和治療などが選択されます。
肛門嚢炎・直腸疾患
肛門嚢炎の治療は、肛門嚢の圧迫排出と洗浄が基本です。炎症がひどい場合は、抗炎症薬や抗菌薬を投与します。再発を繰り返す場合は、肛門嚢の外科的摘出が検討されることもあります。
再発予防には、体重管理と便の性状管理が重要です。肥満があると肛門嚢の排出がうまくいかないことがあるため、適正体重を維持します。便が柔らかすぎると肛門嚢が自然に排出されにくいため、適度な硬さの便が出るように食事を調整します。
直腸ポリープの場合は、小さければ内視鏡下で切除できることもありますが、大きい場合や根部が深い場合は、開腹手術や肛門からのアプローチで切除します。ポリープは再発することもあるため、定期的なフォローアップが必要です。
今日からできる自宅ケアと再発予防

動物病院での治療と並行して、あるいは軽度の血便で経過観察となった場合、自宅でのケアが回復と再発予防の鍵を握ります。飼い主さんができることは意外と多いのです。
今日のフードと水分:どうする?
血便が出たときの食事管理で最も大切なのは、「急激な変化を避ける」ことです。フードを変えるにしても、いきなり全量を切り替えるのではなく、今までのフードに少しずつ新しいフードを混ぜながら、1週間から10日かけてゆっくり移行します。
消化器サポート食が処方されている場合は、その指示に従います。最初は少量を1日に4回から6回に分けて与え、胃腸への負担を減らします。愛犬の様子を見ながら、徐々に1回量を増やし、回数を減らしていきます。
水分補給は非常に重要です。下痢で失われた水分を補うため、常に新鮮な水を複数の場所に用意してください。水をあまり飲みたがらない場合は、ぬるま湯にしたり、少量の無塩チキンブロスを加えたりして、飲水を促します。ただし嘔吐が激しい場合は、水を飲ませると嘔吐が悪化することもあるため、獣医師の指示に従ってください。
絶食については、獣医師から特別な指示がない限り、長時間の絶食は避けます。半日程度様子を見て、その後は少量ずつ食事を再開するのが基本です。特に小型犬や子犬は低血糖のリスクがあるため、長時間の絶食は危険です。
NG行動リスト
血便が出ているときに絶対にしてはいけないことがいくつかあります。
人間用の薬を与えることは厳禁です。市販の痛み止め、下痢止め、整腸剤は、犬には危険な成分が含まれていることがあります。特に人間用のNSAIDsは犬には非常に毒性が強く、胃潰瘍や腎障害を引き起こします。
香辛料の効いた食べ物や、唐辛子、わさび、カレーなどの刺激物を与えることも避けてください。消化管の炎症を悪化させます。
脂肪の多い食べ物もNGです。揚げ物、ベーコン、ソーセージ、チーズなどの高脂肪食は、膵炎を誘発したり、下痢を悪化させたりします。
骨や硬いガムの乱用も危険です。骨は消化管を傷つけたり、便を硬くして排便時の痛みを増したりします。血便が治まるまでは、硬いおやつは控えましょう。
乳製品も注意が必要です。犬の多くは乳糖を分解する酵素が少なく、牛乳やヨーグルトで下痢が悪化することがあります。プロバイオティクスとして与える場合も、犬用の製品を選んでください。
便観察の習慣化(スマホで写真・日誌)
血便が出たときだけでなく、日頃から愛犬の便を観察する習慣をつけておくと、異常の早期発見につながります。
排便のたびに、便の色、形、硬さ、臭い、混入物(血液、粘液、未消化物、虫など)をチェックします。スマートフォンで写真を撮っておくと、変化の経過を追えますし、受診時に獣医師に見せることもできます。
簡単な日誌をつけるのもおすすめです。日付、排便回数、便の性状、食事内容、おやつの有無、散歩での拾い食い、体調の変化などを記録しておくと、血便が出たときに原因を特定しやすくなります。スマートフォンのメモアプリやペット専用の健康管理アプリを活用すると便利です。
特に下痢や血便が出ているときは、「何回目の便でどのような性状だったか」「どのタイミングで悪化したか、改善したか」といった経過を詳しく記録してください。これらの情報は、獣医師が治療方針を決めるうえで非常に貴重です。
寄生虫・ワクチンプログラムの見直し
血便の原因として感染症が多いことを考えると、予防プログラムの見直しも重要です。
寄生虫予防については、月に1回のフィラリア予防薬に消化管寄生虫の駆虫効果が含まれているものもありますが、すべての寄生虫に有効とは限りません。定期的な検便を年に1回から2回行い、感染がないか確認することが推奨されます。
特に子犬のうちは、生後2週から8週まで2週ごとに駆虫を行い、その後も定期的に検便と駆虫を行います。多頭飼育の場合や、ドッグランによく行く場合は、感染リスクが高いため、より頻繁な検便が必要です。
ワクチンプログラムも見直してください。パルボウイルス腸炎は致死率の高い疾患ですが、適切なワクチン接種で予防できます。子犬の時期に3回から4回の接種を完了し、その後も年1回の追加接種を忘れずに行いましょう。ワクチン接種が完了するまでは、他の犬との接触や、多くの犬が集まる場所への外出を控えることも大切です。
よくある質問(FAQ)

血便について、飼い主さんからよく寄せられる質問にお答えします。
Q1:1回だけの少量の血便。様子見して良い?
A:愛犬が元気で食欲もあり、1回だけ少量の鮮血が便の表面に付着した程度であれば、半日から1日様子を見ても良いでしょう。特に便が硬くて排便時に力んだ、急にフードを変えた、拾い食いをしたなど、心当たりがある場合は、一過性の可能性が高いです。
ただし以下の場合はすぐに受診してください。血便が反復する、血の量が増える、元気や食欲がなくなる、嘔吐を伴う、排便時に痛がる、といった変化が見られたら、様子見を中止して動物病院へ向かいましょう。
様子見をする場合も、便の回数と性状を記録し、水分をしっかり摂らせ、食事は消化の良いものを少量ずつ与えるようにしてください。
Q2:黒い便と赤い便、どちらが危険?
A:一般的には黒い便(メレナ)のほうが緊急度が高いと判断されます。黒いタール状の便は、胃や十二指腸といった上部消化管からの出血を示唆しており、出血量が多い場合があるためです。貧血や循環不全を起こすリスクが高く、当日中の受診が推奨されます。
赤い便は下部消化管からの出血で、比較的軽症のことも多いですが、量が多い場合、反復する場合、全身状態が悪い場合は、やはり緊急性が高くなります。
結局のところ、便の色だけでなく、全身状態、反復の有無、量などを総合的に判断することが重要です。どちらの色であっても、愛犬がぐったりしていたり、嘔吐を伴ったりする場合は、すぐに受診してください。
Q3:子犬の血便は何が多い?
A:子犬の血便で特に注意が必要なのは、パルボウイルス腸炎です。ワクチン接種が完了していない子犬、ペットショップやブリーダーから迎えたばかりの子犬で発症しやすく、激しい嘔吐と血性下痢、急速な脱水を引き起こします。致死率が高いため、子犬の血便は必ず当日中に受診してください。
そのほか、寄生虫感染(特に鉤虫や回虫)、ジアルジアなどの原虫感染、急なフード変更による食餌性大腸炎なども子犬に多く見られます。
子犬は体が小さく、体力の予備力が少ないため、症状が急速に悪化しやすいという特徴があります。「様子を見よう」という判断は危険です。少しでも気になることがあれば、すぐに動物病院に相談してください。
Q4:市販の整腸剤や止瀉薬を使っていい?
A:自己判断での使用は避けてください。人間用の薬は犬には危険な成分が含まれていることがあり、特に人間用の下痢止めの中には、犬に使うと腸の動きを止めすぎて、かえって毒素や細菌を体内に留めてしまうものもあります。
犬用のサプリメントとして市販されているプロバイオティクス(善玉菌)であれば、比較的安全ですが、血便が出ているときは、まず原因を特定することが先決です。感染症や潰瘍が原因であれば、整腸剤だけでは治りません。
必ず動物病院で診察を受け、獣医師の指示のもとで薬やサプリメントを使用してください。適切な治療を受けることが、最も早く、安全に回復する道です。
Q5:再発を防ぐ食事管理は?
A:血便の再発予防には、消化の良い食事を適切な量で与えることが基本です。
フードは高品質で消化性の高いものを選び、急な切り替えは避けます。新しいフードに変える場合は、1週間から10日かけて、少しずつ混ぜながら移行します。
人間の食べ物、特に脂肪の多いもの、香辛料の効いたもの、骨などは与えないようにします。おやつも与えすぎず、犬用の消化の良いものを選びます。
食事の回数は、1日2回から3回に分けて、胃腸への負担を減らします。特に一度に大量に食べると、消化管に負担がかかるため、適量を守ってください。
食物アレルギーや食物不耐性が疑われる場合は、獣医師と相談のうえ、除去食試験や低アレルゲン食への切り替えを検討します。
ストレスも消化管に影響を与えるため、生活環境を整え、十分な運動と休息を与えることも大切です。
まとめ:色・回数・全身状態で判断し、迷ったら受診

愛犬の血便は、飼い主さんにとって心配なサインですが、冷静に観察し、適切に対応すれば、多くの場合は回復します。この記事でお伝えした内容を改めてまとめます。
血便の緊急度は、色と状態で大きく変わります。黒色のタール便は上部消化管出血の可能性があり、緊急度が高いです。愛犬がぐったりしている、嘔吐を繰り返している、子犬である場合も、当日中の受診が必要です。一方で、元気で食欲があり、1回だけ少量の鮮血が付いた程度なら、半日から1日の経過観察も選択肢に入ります。
血便の原因は多岐にわたります。食餌性の大腸炎、感染性の腸炎(細菌、原虫、寄生虫)、出血性胃腸炎、潰瘍、薬剤の副作用、肛門周囲の疾患、直腸ポリープ、全身性疾患や凝固異常など、さまざまな可能性があります。原因によって治療法が異なるため、自己判断での対処は避け、動物病院で適切な診断を受けることが重要です。
日頃からの記録と早期受診が、予後を大きく変えます。便の色、形、回数、混入物をスマートフォンで写真に撮り、日誌をつける習慣をつけておくと、異常の早期発見につながります。受診時には、いつから、何回、どのような便が出たか、全身状態はどうか、食事や薬の情報などを整理して伝えてください。
そして何より大切なのは、「迷ったら受診する」という姿勢です。様子を見るべきか、すぐに病院に行くべきか迷ったときは、動物病院に電話で相談してみてください。多くの動物病院は、電話での相談に応じてくれます。症状を伝えれば、受診の必要性や緊急度について、アドバイスがもらえるはずです。
愛犬の健康を守れるのは、飼い主さんだけです。日々の観察と適切な判断、そして必要なときには躊躇せず受診する勇気が、愛犬の命を守ります。血便は体からの重要なサインです。そのサインを見逃さず、適切に対応していきましょう。
この記事が、愛犬の血便に直面したときの不安を少しでも和らげ、正しい判断の助けになれば幸いです。愛犬との健やかな日々が続くことを願っています。










